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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3380号 判決

事実

原告二瓶徳江は請求原因として、本件建物は被告若菜清の所有であつたところ、昭和三十五年十二月六日、原告は被告の代理人稲田豊及び平間光行との間で本件建物を代金百六十万円、支払方法契約と同時に金三十万円、同月十二日金二十万円、同月二十二日金八十万円、残額三十万円は昭和三十六年二月二十八日までに各支払うこと、最終代金支払と同時に建物明渡及び所有権移転登記をすることと定めて買受ける旨契約してその所有権を取得し、建物敷地十六坪八合の借地権は地主の承諾を得て譲り受け、原告は約旨に基き代金の内金合計百三十万円を被告代理人平間に支払い、昭和三十六年二月末日残金三十万円を用意して被告に対し移転登記を求めたが、被告はその履行をしない。よつてここに被告に対し、右残金三十万円の支払と引換に本件建物につき所有権移転登記をし、これが明渡を求める、と述べ、仮りに、右稲田及び平間に本件建物売買につき被告を代理する権限がなかつたとしても、被告は本件建物に抵当権を設定して他から金員を借り入れることを訴外和田兼保に委任し、その際本件建物の登記済証、印鑑証明書、白紙委任状、家屋明渡承諾書、地主の借地権譲渡承諾書等を交付し、右和田はさらに訴外山田芳勝に、山田はこれを稲田及び平間に順次委任するとともに右書類を交付したものであり、稲田及び平間は右委任された権限を超えて原告との間で本件売買契約を締結したものであり、その際原告に右書類を示し売却の代理権ある旨言明したので、原告は真実同人らに本件建物売買につき代理権あるものと信じたものであり、且つかく信ずるについては正当の理由があるものであるから、被告は右売買契約の責に任ずべきことは同様である。と主張した。

被告若菜清は答弁として、本件建物はもと未登記であつたが、被告の義兄和田兼保に金の必要があつたので、被告和田をして本件は建物を担保として金融を得しめることを承諾したのであるが、その前提として先ず建物の保存登記をすることとし、和田はこれを右山田に依頼し、山田はその手続を司法書士栗屋某に依頼し、その際被告名義の委任状及び印鑑証明書を順次交付したものである。その後、和田に金融の必要がなくなつたので、同人はその旨山田に通告したが、保存登記だけはすることにしておいたのである。従つて、原告主張の契約がなされたとすれば、それはこれらの書類が濫用された結果であり、その取引の実情に照らし、原告がこれにつき善意無過失であることはあり得ないところである、と主張して争つた。

理由

原告が、平間光行および稲田豊に対して、本件建物売買に関する代理権を授与したとの事実を認めるに足る証拠はないから、右両名に代理権あることを前提とする原告の主張は失当である。

そこで、原告の表見代理の主張について検討するのに、証拠を総合すると、被告は昭和三十五年秋頃、その妻の兄である和田兼保に頼まれ、同人のため当時未登記であつた本件建物に保存登記の上これを担保として他から金員を借り入れることを承諾し、和田にその手続一切を一任し、和田はこれを知合の山田芳勝に委任し、その際被告は自己の押印ある白紙委任状数通、印鑑証明書等を和田を通じて山田に交付した。山田はさらにこれを訴外渡部忠に依頼し、同人に右書類を交付し、渡部においてまず右保存登記を司法書士栗屋某に依頼した。その後和田は他からの金融に成功したため、本件建物担保の金融はその必要がなくなつたので、保存登記だけはすることとしてその余の金借方の依頼を取り止めることとし、被告は和田を通じて山田にその旨通知してこれを解除し、山田は渡部にその旨通知した。しかし、その間いかなる経過によつてか、右各書類は稲田豊と平間光行との手にわたり、同人らにおいて被告の代理人として本件建物につき売買契約をしたものであることが認められる。右売買契約は被告が金借の依頼を解除した後になされたものであるかどうか、右解除が稲田、平間らにも本件契約前に通告されたかどうかは必ずしも明らかでないが、右事実によれば少くとも被告は本件建物の売買そのものはなんぴとにも委任したものではないから、稲田、平間らが前記経緯によつて何らかの権限を得たとしてもそれは建物担保による金借方を出ないものであり、売買そのものではないことは明らかであり、同人らがした本件建物売買はその権限を超えてなされたものであることは明らかである。原告は当時右平間らに売買についても代理権ありと信じ、且つかく信ずるにつき正当の理由があると主張し証人平間光行はこれに副うような供述をしているけれども、直ちに信じ難い。却つて証拠によれば、原告は本件売買のとき被告の印鑑証明書や委任状とともに地主の承諾書を示されたが、右承諾書は明らかに、地主として本件建物に抵当権設定及び停止条件付代物弁済契約をすることに異議なく抵当権実行又は代物弁済により建物所有権が移転した場合土地賃借権の移転を承諾するというものであつて、本来建物担保金融に関するもので本件のような売買そのものに関するものではなく、原告自身平間とは同業の不動産業者であり、これらの書面の意味するところは十分理解できるものというべきこと、売買の交渉中、原告は本件建物を一、両度見に行きながら同所に住む被告本人とはついに会おうともせず、何らこれを確かるめ手段を講じていないことを認めるに足りこれらの事実によつて考えれば、原告は本件売買につき右平間らに売買の代理権ありと信じたかどうかは頗る疑わしく、仮りにそのように信じたとしても、現に添付の書類を見れば当初の委任は建物担保の金融にすぎないことが容易に判明する筈であり、また建物見分のとき一挙手の労を惜しまず被告と連絡すれば、売買を委任したものでないことは直ちに判明する筈であるにかかわらず、原告は自ら不動産業者として強いてこれらの事項に目をつぶつて本件取引に出たものであり、畢竟原告の過失といわざるを得ず、到底正当の理由があるものではない。従つて、この点に関する原告の主張も失当である。

以上のとおりであるから、本件建物の売買が有効に成立したことを前提とする原告の請求は理由がない。

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